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武器と楽器と泡だて器 [愚]

Thursday, 19th April 2018

本当にしたかったのは猫の話ではなかった。

とだけ書いて二年が過ぎており
何の話をするつもりでいたのかわからない。
昨秋出掛けたMUSEのライヴが大変素晴らしかったのだけれど
二年前にそうした予定はなく
MUSEの話ではなかったに違いないのにMUSEのことを書くのは
いつもと違っていたから。

大抵何か幸せな感じの出来事があると
もうこれ以上よいことは起こらない
あとは暗く貧しく辛く厳しいことのみ続く、即死せねば。
そんな具合になる。
決まり切ってそうなるからまたそうなるものと思っていたら
ならなかった。

帰ったらMUSEを聴きたい
これまでよりもっともっと聴きたい
楽しく厳かで華やかな一夜から苦しいばかりの現実へ戻っても
MUSEを聴いて日々を過ごそう。
そんな無邪気な私がいた。
私自身が知らずにいた私がいた。
これまでどこに隠れていたのだろう。


付け加えると、ある晩眠れずにいてテレビをつけた。
暗い部屋の壁に画面が反射するのをぼんやり見ていたら
テレビから「宇宙一のバンド」というのが聞こえて
MUSE以外のバンドに軽々しくそんな言葉を使いますかと
テレビを注視したところ
それは正しくMUSE来日公演の広告で
それを見たからどうにかチケットの手配が間に合ったのだった。

これをひとに言うと
MUSEが宇宙一などと誰が決めたのだと叱られたけれど
重要なのは実際に宇宙一かなんてことではなく
宇宙一と思う私に宇宙一という惹句が偶然届いたこと。
その晩、ぐっすり眠っていたなら
私の知らない私は一生出番がなかったかも知れない。



2015年10月12日のメモ
男性女性というのは
弾力性柔軟性信頼性協調性のように傾向を示すもので
二分出来ない。
線の両端に男と女があるとして
中心点からどちらよりかというだけのこと。
線の一方の端が伸びたなら中心点は変わり性傾向も変わる。
では私はどこにいるかというとその線とは交わらぬ
別のところ。

そんな寝言を真面目な顔で書いたのは
自宅を離れた紅葉しつつある木立の見える窓辺の寝台だった。
寝台に添えられた車輪付きの可動式机は
食事にも読書にも
血を抜くための注射針の刺さる腕を伸ばしておくにも使ってよい万能品で
私は一日のうちに何度もそれを除菌シートで拭いた。
拭いてしまうと食器や文具を机の縁に垂直平行となるよう慎重に並べ
食べ物を食べたり残したり本を読んだり日記を書いたりした。

念入りな戸締まりと限られた手荷物と窮屈な規則で
全て見張られている様子があるのに誰からも見放された感じがして
何の糸口もなく悟りを開けと命ぜられた修行僧の心で日々を暮らした。
心づもりはそうであっても修行僧が何をするか知らない。
私はただただ廊下を歩いた。
中庭を囲み四角形を作る廊下を日に幾度も周回した。
四角い中庭を硝子窓で四角く囲んだ外側に廊下があり
窓硝子を四角く囲んだ廊下の外側を四角く囲んで病室が並んでいた。
中庭と硝子窓と廊下を囲む病室のひとつに私はいた。
入院患者として収容されていた。

ある日研修医が病室へ来て私が壁に貼るポスターに目をとめた。
「これはもしかして」と研修医が言うので
「マシュー・べラミです」と答えると「ですよね」となった。
彼はマシュー・べラミより優れたミュージシャンを知らないなどと
抱擁すべきかしらと思うようなことを言い
単独ライヴがあったら必ず行くという全く同じ思いを持ってもいて
明日を考える余裕のない身ながら
いつあるかわからない先のことを種に
再会した場合のことまで話し合った。

実物のべラミファンに会うのは初めてだった。
例えば武道館或いは大阪城ホールにMUSEファンらしき人々を見たが
人混みを構成する塊の一部でしかなかった。
こんにちはと声をかけたり巻き毛の理由を訊ねたり
向き合って言葉を交わす相手が同じ趣味であることは
音楽でも本でも映画でも初めてのことだった。
積年の経験則でそんなひとはどこにもいないと諦めていた。
ここにいたのか。

入院は2015年末までの三月ほどのことで
昨秋、研修医が横浜アリーナにいたかどうかは知らない。
再会しようとしまいと我々は既に出会っている。
充分奇跡的に出会っている。



当時の私は2016年の春を迎えることはないと信じていて
そうならなかったから苦しみが減ったということもないのだけれど
生きようと積極的に考えるには至らぬものの
死ななくてはと切羽詰まった気持ちになることは減りつつある。



過日、主におにぎりを扱う店で
知己が彼女自身と私のためにいなり寿司を買ってくれた。
持ち帰って彼女の家で食べるつもりであった。
「いなり寿司ふたつ」と言うのを確かに聞いたのだけれど
おにぎり屋に渡された袋へ入っていたのは
梅ひじきのおにぎりだった。

梅干しとひじきのおにぎりがあること自体知らなかったし
文字数しか合っていないし、ひじきは苦手だし
死のうかなと思ったけれど
もう彼女の家の食卓でお茶の入ったコップなんかも用意されていて
意外とあれだよねなどと言って頬張るしかなかった。泰平。
コメント(2) 
共通テーマ:日記・雑感

コメント 2

nikinora

ひねさん、こんばんは。
私のスマホは役立たずで、何度コメントを入れても弾くのでいそいそとPCを起ち上げる。
私は宇宙一のバンドについて何も知らず、ひねさんからのレスがついているのも天からの声で知った次第で、不作法極まりないのだけれど、そういう土足で玄関こじ開けるみたいなのが私の作法のような気もするので、平民新聞さんの書かれたタブロイド版が欲しいかと私の作法に則って聞いてみたりする。
そんな私の近況は、ジャージ姿でご老人や郵便屋、食器や電話と格闘する毎日で、少し強くなったハートと大きく鈍感になったハートとでハーフハーフである。
そして、ここまでの長文をさっとまとめると、
私は元気です。
これだけで終わったりする。



by nikinora (2018-04-28 22:51) 

hinemosu-bomb

nikinoraさん、こんばんは。
返事が遅過ぎて、ごめんなさい。
二年前に元気と書いてくれたnikinoraさんは
今日もお元気でしょうか。
強くて鈍感なハート、素晴らしいです。
無敵かつ不死身な感じに
今日の今日、今の今、どうにもうっとりするしかないです。
二年のうちに事情が変わっているかもしれませんけれど
出来れば頼もしいハートのままで
どんな災いも寄せつけず、無事でいてね。

先日、天の声に導かれ
平民さんの「写真を黙って贈る会」に紛れ込み
ひそやかに写真を届け合う面白さを知りました。
お心遣いをありがとう。
by hinemosu-bomb (2020-04-26 01:15) 

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