埋もれたフィルムの逆回転 [日々の暮らしで思うこと]
Tuesday, 9th June 2020
7時10分から8時20分まで片付けをしてゴミ袋4つ分のゴミを捨てた。火曜日は可燃ゴミの日で燃やしてしまうものだけを捨てる。捨てて構わぬと思うものには不燃ゴミや資源ゴミもあり、それらの袋詰めも少しだけした。(処分済み21/500)
9時前から9時過ぎまで20分くらい亀の歩みで散歩した。誰かが畑の隅に植えたスカシユリが咲いた。
散歩で見かける草花・雑草図鑑(写真 鈴木庸夫、解説 高橋冬、発行・発売 創英社/三省堂書店)という本があり、草花を調べるのに使えるのだけど、こういう植物だという説明だけでなく、ちょっとした印象や感想や思いが併記されている。
例えば蕾から育つ過程を見ようというようなことが書かれていて、咲いている花にばかり気を取られていたけれどそういう楽しみ方もあると知った。どのようにいつ咲くのか見守り、より、草花に親しむ。やさしく解りやすく書かれた気高い教えだ。
「あん」という映画で樹木希林が演じたあん作りに優れたひとが、小豆がどこをどう経てここにあるかを思う、というようなことを言う。それはどのようなひとにも見たもの聞いたもの感じたこと考えたことがそれぞれにあって、その話に耳を傾けてもよいのではないかと言っているように聞こえた。誰も見捨てられたり蔑まれたり騙されたりせぬことを言っているように思った。
私自身への戒めと思い、そしてもしほかのひとが同じような思いを持つなら私自身が救われる気がした。
10時過ぎ、犬に鶏胸肉と銀鮭とキャベツと小松菜に魚ベースのドッグフードをあげた。正午前、納豆と紫玉葱と胡麻をもち麦ごはんへのせて食べ、紫色のコップでオレンジジュースをゾウ色のコップで豆乳を飲んだ。
18時半から19時まで牛の歩みで散歩した。確かタイから来たひとが開いたと思う飲食店の店先に、樹脂のゾウ2頭と木彫りのゾウ2頭が置かれていた。どのゾウも私のコップの色と全く違っていた。あれはゾウ色と思っていたけれどネズミ色なのだろうかと少し弱気になった。
圧倒的な黒と思う黒々とした壁に鮮やかな黄色の玄関扉の家があって、その家の脇に真っ黒な猫がいて黄色い目で私を見た。秩序を感じたあとで、黒猫の後ろに三毛猫がいることに気付いた。それはそれでよい眺めであった。
帰宅して、メキシコ産の南瓜1/4カット2つを8ミリの厚さに切り分け、圧力鍋で蒸した。圧力鍋は同居人だけが使っていて、私には得体の知れぬものだった。手榴弾や地雷のような怖さを感じていて、全くの原始人であった。
昨年のあるとき、急に思い立ち、使い方を調べ使ってみた。心配するような危うさはなく、とても便利な道具だった。沸騰後5分で南瓜に火が通るなど時間もガスも節約出来る。
きっと私はこんなふうに何も知らずに誤解していることがたくさんあるのだろう。だからと言って何もかも知りたいとは思わない。知りたいときに知ればよいと思う。頭の中のガラクタはガラクタなりに愛おしく直ぐには手放せない。
20時半になって、犬に鶏胸肉と小松菜と南瓜に魚ベースのドッグフードをあげた。私は鶏胸肉と小松菜と胡麻の酢の物と蒸した南瓜ともち麦ごはんを食べた。
6月9日はMatthew Bellamyの誕生日で、TwitterかInstagramでお祝いの気持ちを伝えようかと思ったけれど、そういうことの出来る気分ではなく、心のうちで生まれて来てくれてありがとうと言った。
7時10分から8時20分まで片付けをしてゴミ袋4つ分のゴミを捨てた。火曜日は可燃ゴミの日で燃やしてしまうものだけを捨てる。捨てて構わぬと思うものには不燃ゴミや資源ゴミもあり、それらの袋詰めも少しだけした。(処分済み21/500)
9時前から9時過ぎまで20分くらい亀の歩みで散歩した。誰かが畑の隅に植えたスカシユリが咲いた。
散歩で見かける草花・雑草図鑑(写真 鈴木庸夫、解説 高橋冬、発行・発売 創英社/三省堂書店)という本があり、草花を調べるのに使えるのだけど、こういう植物だという説明だけでなく、ちょっとした印象や感想や思いが併記されている。
例えば蕾から育つ過程を見ようというようなことが書かれていて、咲いている花にばかり気を取られていたけれどそういう楽しみ方もあると知った。どのようにいつ咲くのか見守り、より、草花に親しむ。やさしく解りやすく書かれた気高い教えだ。
「あん」という映画で樹木希林が演じたあん作りに優れたひとが、小豆がどこをどう経てここにあるかを思う、というようなことを言う。それはどのようなひとにも見たもの聞いたもの感じたこと考えたことがそれぞれにあって、その話に耳を傾けてもよいのではないかと言っているように聞こえた。誰も見捨てられたり蔑まれたり騙されたりせぬことを言っているように思った。
私自身への戒めと思い、そしてもしほかのひとが同じような思いを持つなら私自身が救われる気がした。
10時過ぎ、犬に鶏胸肉と銀鮭とキャベツと小松菜に魚ベースのドッグフードをあげた。正午前、納豆と紫玉葱と胡麻をもち麦ごはんへのせて食べ、紫色のコップでオレンジジュースをゾウ色のコップで豆乳を飲んだ。
18時半から19時まで牛の歩みで散歩した。確かタイから来たひとが開いたと思う飲食店の店先に、樹脂のゾウ2頭と木彫りのゾウ2頭が置かれていた。どのゾウも私のコップの色と全く違っていた。あれはゾウ色と思っていたけれどネズミ色なのだろうかと少し弱気になった。
圧倒的な黒と思う黒々とした壁に鮮やかな黄色の玄関扉の家があって、その家の脇に真っ黒な猫がいて黄色い目で私を見た。秩序を感じたあとで、黒猫の後ろに三毛猫がいることに気付いた。それはそれでよい眺めであった。
帰宅して、メキシコ産の南瓜1/4カット2つを8ミリの厚さに切り分け、圧力鍋で蒸した。圧力鍋は同居人だけが使っていて、私には得体の知れぬものだった。手榴弾や地雷のような怖さを感じていて、全くの原始人であった。
昨年のあるとき、急に思い立ち、使い方を調べ使ってみた。心配するような危うさはなく、とても便利な道具だった。沸騰後5分で南瓜に火が通るなど時間もガスも節約出来る。
きっと私はこんなふうに何も知らずに誤解していることがたくさんあるのだろう。だからと言って何もかも知りたいとは思わない。知りたいときに知ればよいと思う。頭の中のガラクタはガラクタなりに愛おしく直ぐには手放せない。
20時半になって、犬に鶏胸肉と小松菜と南瓜に魚ベースのドッグフードをあげた。私は鶏胸肉と小松菜と胡麻の酢の物と蒸した南瓜ともち麦ごはんを食べた。
6月9日はMatthew Bellamyの誕生日で、TwitterかInstagramでお祝いの気持ちを伝えようかと思ったけれど、そういうことの出来る気分ではなく、心のうちで生まれて来てくれてありがとうと言った。
2020-06-13 15:03
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