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迷わずに来た仔羊の災難 [犬のこと]

Thursday, 24th December 2020

昼間、白犬を動物病院へ連れて行った。火曜日に茶犬の主治医から早めの歯科受診を勧められたため、日頃通う動物病院へ行った。茶犬主治医の見立て通り、スケーリングが必要との診断で、この小さな生き物に全身麻酔かと申し訳なさが募るのだけど、話はそれに済まず、スケーリングには通常、抜歯が伴うとの説明があった。どうしても抜くものか訊くと、状態が悪いまま残してはスケーリングの効果が充分に出ず、再発や別の病気に罹るとのことで、思った以上に深刻だった。奥歯犬歯は大丈夫、前歯は抜くだろうと言う。考え込んでいると獣医が抜かない治療をご希望ですかと聞いてきて、全身麻酔までして再発の可能性があるなら抜いてもらうしかないと答えた。そう言いながら、本当にそれでよいのか迷いがある。何にしても自分が許せない。心を読み取ったかのように、獣医が、歯磨きをしていても起こることなのでと慰めを言った。

白犬と言っているけれど、血統書上はクリーム色で、今もよく見ればクリーム色で、ペットショップで同居人の選んだ犬である。犬が同居人を選んだとも言える。ペットショップでは、毛の抜ける犬と伸びる犬がいてトイ・プードルは伸びるタイプだとか、プードルは全犬種で二番目に賢いというような話を聞いた。後で調べて、乳のみごのときに尾を切ると知り、同居人は動揺した。自分の愛する犬が酷い目に遭うのは彼の苦しみらしかった。それが過去のことであったとしても。白犬の少し長めの尾に触れながら、もしかしたら切ってないんじゃないかなと聞いてくる。先が自然な感じなんだよなどと言って。私には急に途切れる気がしなくもないけれど、だといいねと答える。同居人が信じたいことを無邪気に無防備に信じていてほしかった。

そんな溺愛の白犬にこれから起こることが極めて過酷で、時に耐えられる者だけに耐えられるだけの試練が与えられるなどと見聞きするけれど、私は全くの無能力な弱いにもほどがある人間で、どのような試練にも耐えられない。はっきり降参ですと白旗を上げている。なのに、何故。簡単に言えば、神がいないから。そのように他者のせいにするのが駄目なら私が至らぬから。代われるものなら代わりたいと言うのは代われないと知ってのことに聞こえるけれど、本当に代わりたい。私が代わって、同居人と白犬と茶犬を助けたい。どうにかならないだろうか。と、嘆いても神頼みしてもどうにもならぬだろう。反省点を言えば、巧く磨く自信がなく、ブラシが360度を覆う歯ブラシを使っており、歯の根本に45度の角度で当てることに向いていないかもしれない。小さくやわらかなブラシで歯茎をやさしく丁寧に。日々の五分十分がどれだけ大切か。何事も意識してすべきだったと思う。

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白犬は幼いとき、背中に大きく茶色の毛の十字があって、十字架を背負うオトコと呼んだりしていた。茶犬と喧嘩になると、命を狙う、完全に仕留めにかかる動きに、ホワイトデビルとも。クールさを装う気取り屋でいたけれど、この頃はさみしさを隠さずいくらでも甘えるようになった。どんなときも愛する小さな授かりものである。平謝り。
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