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猫神家の一族 [日々の暮らしで思うこと]

Saturday, 10th September 2022

年が明けて14日めの朝、猫を獣医へ連れて行くよう、Pさんに頼まれた。Pさんは出勤せねばならず、猫は数日軟便が続いていた。Pさんの猫はPさんによる身の回りの世話も、クッションやベッドなどの貢ぎ物も、抱いたり撫でたりのスキンシップも拒みがち、他人行儀なところがあるそれはそれは気難しいお嬢様で、Pさんは手入れのたびシャアッと脅されたりあちこち噛まれたりしており、私などはごはんを出したり飲み水を換えるくらいが精々、Pさんから留守中に愛でろ撫でろと言われているので時々撫でるけれど喜ぶ様子はなく、猫も私も動きが不自然で視線が定まらず気まずい。野性味がある分、白犬茶犬とは比べようもなく敏捷で、私が獣医へ連れて行くとしたらケージに入れておいてくれないと難しいと前々から伝えていた。それで正月14日の朝、ケージに入っているから獣医へと頼まれた。7時半頃のことだった。診察が始まるのが8時半なので8時前後に出かければよい。猫入りケージをクルマで運び、あとは獣医任せ、余裕だなと思った。

そろそろ参りましょうかと二階へ行くとケージは空で、蓋がぱっかり虚しく開いている。え?何?どういうこと?と慌てる私の前を優雅に歩くPさんの猫。咄嗟に胴を掴むと簡単に捕まえることが出来た。心配ご無用。猫の胴、左右の脇を左右の手で押さえ、引っ掻かれず咬まれず瞬時にケージへ戻してみせましょう、そう思った。けれど、爪。猫はYの形に床へしがみ付き、両手の爪を絨毯へめり込ませている。力任せに引く訳にはいかない。爪の絡まりを解こうと掴む手を前方へ動かそうとした瞬間、猫がスッと首を回して鋭い歯を私の左手に食い込ませるのだった。そんな角度に曲がるのとか、いきなり噛むんだという驚きで手を放してしまった。手の甲、人差し指の付け根、大の月の膨らみの辺りにふたつ犬歯の跡がついた。歯形の小さな穴から血が出たけれど、予期せぬ展開への動揺が大きく、痛みは感じなかった。白犬茶犬の喧嘩を仲裁して、或いは呼び鈴に興奮する両犬に突進されるなどして、噛まれるというよりは歯が思い切り当たるというような事例は幾たびかあって、腕や足に結構立派な青痣ができるのだけど、それに比べると何ということもない感じで、お嬢様はやはりお嬢様なのだわと思うのだった。しかし。

どうにかして猫を捕まえ病院へ連れて行かねば。そう思うも猫は寝台下の奥の奥、手の届かぬところへ身を隠してしまった。困り果てていると突然、噛まれた左手が痛み始めた。ずきーんずきーんとのんびり痛み出したかと思うと次第に忙しなくなってきて、ずきんずきんずきんずきん絶え間なく痛みが走る。それに合わせるように痛みは強まり、どんどん腫れてきた。下げていては耐えられず、用もないのに左手を上げていなくてはならない。ちょっと近年稀に見る痛みじゃない、これ。と他人事のように言って自分で自分を誤魔化そうとしたけれど誤魔化しきれぬ痛みだった。それで動物病院行きを諦め、「ケージを抜け出しており捕獲に失敗、病院へは連れて行かれそうにない」と左手を上げたままの間抜け且つ疲れる体勢でPさんに連絡した。「追伸、猫に噛まれました」など。Pさんからは了承とともに「どうしてケージにいないの?」と返信があり、それを聞きたいのは私ですけど、と思った。

仕事を終えて帰宅したPさんに左手を見せるとこれは大変ということになって翌日医者へ行くものと決まる。翌日は午前中に私の普段の通院、午後は犬と犬のグルウミングの予定があった。それでグルウミングの待ち時間に左手を診てもらおうとグルウミング店のある駅ビル近くで見つけたクリニックに行ってみた。土曜日の昼過ぎ、駅近のクリニックは酷く混んでいた。2階にある入り口から階段を伝って建物の外まで列ができている。他へ行っても似たようなものだろうと、診察を待つ。

医者は放っておいても痛む私の左手をぎゅうぎゅう揉んで腫れの中身を端から傷口に寄せて見せて、日に何度もこうして膿を絞り出すよう言ってから傷口に軟膏を塗り、絆創膏を貼り、破傷風のワクチンを打ち、飲み薬と塗り薬を処方した。揉まれただけ却って痛むくらいで、診てもらったからと言って痛みが和らいだり腫れが引いたりすることはなかった。時間が要るのだろうと思うものの、医者に診せてこんなものかとも思った。打つ手のなさに消沈する。膿の揉み出しに励むも中身が出た分一時的に腫れが小さくなるだけで直ぐ元通りになってしまう。

数日過ぎて何ら変わりなく、腫れと痛みが増している感じさえして、拙宅近くの医者へ行く。そこではどういう猫に噛まれたのか、家猫か野良猫か、家猫なら外に出るかどうか、ワクチンを打っているか否かなどの聞き込みがなされ、猫の口には犬よりよほど菌が多いと教えられ、指の曲がり具合や隣り合う人差し指と中指がくっつかぬ様子も確かめられ、初めの医者より診察っぽさがあった。腫れた部位にナイロンの糸を通して膿を皮膚の外へ導き出す試みが施された。ナイロンの糸では解決せず、後日切開してもらうことになったけれど。処置は台へ寝かされて行われ、ナイロンの糸にしても切開にしても何人かの看護師が取り囲むなどして、医者も看護師も皆真面目な顔で恐縮する。プロフェッショナル感のある動きに魅了され、術前に比して変わったところはほんの微かであるのに、術後の私は改造人間の気分だった。駄目な私が改良されたような気がした。

追加の処置や薬が効き、時間を経て、痛みも腫れも概ね消えた。今となれば、よく見て少しの膨らみと皮膚の変色が分かり、気付くと鈍い痛みや自分の手でないような違和感を覚えるに過ぎない。ケージは蓋にあるダイヤル仕掛けの鍵が、内(囚人)側からも回せるつくりで、猫が開錠できると判り、ファスナーで閉じる背負う形のケージに世代交代した。



Pさんの臍から膿やら血やらが出るようになって暫く経つ。Pさんは悲観して、治療せず死にたいとか手術なんて嫌だとか言って医者へ行かない。案外呆気なく治る可能性も否定できぬと適当な希望的展望を言って医者へ連れ出したのが月曜日9月5日のこと。私が三回目の破傷風のワクチンを打つ医者へふたりで出かけた。ワクチンは予約せずに行って打てるものでなく、次の月曜日を予約して、Pさんのみ受診した。「診察室へ一緒に来て」と言いかけてPさんは「いい大人だから、ひとりでいいや」と言い直した。私はわざとらしく周りを見回して「いい大人、どこ?」と聞いてあげた。

三回目のワクチンと言えばCOVID-19のような感じだけれど、予約したのは破傷風のワクチンで間違いない。三回目のコロナワクチンは春先にモデルナを接種してもらい、腕の痛み、発熱などで少し苦しんだ。破傷風は一回目を一月、二回目を二月に受け、次は半年後くらいにと言われていたものである。Pさんの臍は何かを分泌していては正体を確かめられぬそうで、化膿止めが処方され、臍が大人しくなってから検査することとなった。
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