SSブログ

校庭の隅の百日紅の木 [ずっと、ずっと、前のこと]

小学校に入学したときのことである。
事前に身体測定しているのだから正確な数値が資料としてあったはずだが
その場の目分量で身長順に並ばされた。
私は不本意ながら列の一番前に立たされることとなった。
目分量なので私より小さいひとがいる事実を担任教師に訴えた。
これが教師との初めての会話だったように思う。
学年主任である熟練の教師は軽く受け流し、私を一番チビの座に据えた。

初対面の抗議が気に入ったのか気に入らなかったのか知らぬが担任は私に任務を与えた。
「タツローの面倒をみる」である。
タツローもやはりチビの中のひとりだが動作が鈍く無口で何を考えているか解らない。
何をやるにも周りについていくことができない彼を私が手助けする。
体操服への着替えを手伝い、リコーダを出してやり、糊を塗ってやる。
毎日のことなのでタツローも私にだけは声を出して話したりするのだった。

周りはどうかというと月齢差で不利な二月生まれに加えて標準より小さめの私は
四月あたりに生まれたひとたちなんかに比べると頭ひとつ出遅れていた。
タツロー係は頑張ってもどうにもならないところで劣等感を抱かぬための配慮と
チビなりに理解していた。
しかし、そうしたことを知らぬ四月の巨人女子は何やら母性などをはたらかせて
タツローと私で成り立つ関係に水を差す。

彼女たちにしてみれば、どちらも小さくて可愛いペットらしかった。
私が登校すると彼女たちが寄って来て髪を梳いたり忘れ物がないか確認したりと世話を焼く。
私がタツローの面倒があると言うと「まかせといて」とタツローも餌食になる。
一頻りそうした儀式が済まぬことには一日が始まらず
これでは担任教師の配慮が水泡ではないかと不服であった。

そこで充分に自尊心を傷つけられていたが給食により傷は深まった。
何もできない愚図のタツローが私より余程早く給食を食べてしまうのである。
私は特別扱いを受ける身となった。
誰よりも先に配膳を受け、オルガンでこれを食す。
昼休みに机を教室の端に集める際の妨げとならぬためである。
私がオルガンから目をやるとタツローも私を見ている。
しかし、タツローはそうしていながらも一定の速度で食べ続けることができる。
先に食べ終えると巨人女子に手を引かれ教室から連れ出される。
彼女たちの前で声の出せぬタツローは私を何度も振り返った。
馬鹿、助けられないよ。私は目の前の給食を片付けねばならない。

担任教師の許しが出るまで拘束されるので昼休みは短かった。
僅かな休憩時間を巨人に邪魔されぬよう私は百日紅に腰掛けて過ごした。
傍目には小さいのが無邪気に木に登っているように見えただろうが
私自身は日々のできごとについて考えていた。
百日紅は黙って、ただ幹を貸し、私の気持ちを穏やかにさせてくれた。
うまい具合に斜めに伸びた幹には座れと言うようにコブがあり
私は誰かにそれを奪われぬかと案じていたが、いつも独占できた。

今も食事には時間がかかるが、そうしたことでは悩まなくなった。
しかし、日々、思い通りにならぬことは多い。
タツローはいらないが百日紅の木は今もほしい。
コメント(6) 
共通テーマ:日記・雑感

コメント 6

影斬

ひねもすさん。こんばんは。

私も小学校の頃、ちょっとだけ特殊な子とセットになりました。これは当時の私が進んでやったことでした。

私はいつも、人のことをかわいそうとか、助けてあげたいとか、勝手に思ってしまいます。でもそれは、必ずしも優れた人間の条件ではない、という事にも、ずいぶん前に気がつきました。
かわいそうと感じてしまうことこそ、相手を理解できていないことの証明のように思ったからです。

できるだけ、私は人を傷つけたくないだけなのに、いつも傷つけてしまいます。

最後は黙るしかなくなって、どうしてこんなことになってしまったのか、途方に暮れるような、暮れないような。とにかく、やになります。

でも、できるだけ、人を許すようにしています。
でも、全然許せません。仏様のように、万人に対して慈悲の心は持てません。でも、そんな今の自分を責めたりしません。いつ解決するともわからない問題を抱え、なんとなく、それなりに生きてます。

意味わかんないですね。

それでは無責任に言葉を残して去りたいと思います。

by 影斬 (2008-06-19 21:42) 

hinemosu-bomb

影斬さん、こんばんは。
できるだけ正直であるよう心掛けてはいても
それを通すのも我侭であったりして何をするのも難しいです。
特にひとと関わる場合は親切か偽善かなど
自分自身では判断しかねますし
時には黙ったり何もしないのが最善策だったり
あとになると最善策と思われたものがそうでもなかったりします。
傷付けずに済めば楽ですが何がその要因になるか予測できません。
傷付けた分、私自身も傷付く。
その程度のところで、どうにかやっています。

by hinemosu-bomb (2008-06-19 23:40) 

teketeke 或いは日なたで猫

初コメさせていただマス。

ツンツンと心に刺さるような記事です。

何でも図星に言い当てる中学の恩師は
「オマエは完璧な人間は苦手だろ」とのたもうた事があります。
(,,゚Д゚)∩ハイッ!!そのとおり!!

自分が引け目に感じる事をそっとしておいて欲しいと
何度思ったかw
(恩師は今でも唯一、会いたい教師なのですが・・・)

チト例えが違ったかも・・デスが、そんなキズも今では懐かしい思い出デス

by teketeke 或いは日なたで猫 (2008-06-20 02:03) 

hinemosu-bomb

teketekeさん(日なたで猫さん)、いらっしゃいませ。
彼のせんとすることを私なりに理解していましたが胡散臭さも感じたりして
コイツ、技術はあるが信用できん。などと生意気なことを考えていました。
よくも悪くも関わりを拒否できぬ面倒な存在でしたが
彼にとっての私もそうしたものであったかもしれません。
懐かしむというよりは忘れていないという感じです。
恩師、いい響きですね。そういうひとがいたか考えてみます。
by hinemosu-bomb (2008-06-20 06:12) 

セス

お早う。ひね。
何か、いい話だねぇ。
小さい頃の記憶なんて、全くないけど
俺と、ひねは、全く逆の人種だな。
いつも、後ろのてっぺんにいた。
何も考えてなかった、だから、何も記憶にない。
断片的な記憶も大したことはないなぁ~。
憶えているのは、皆が俺の事を腫れ物に触るかの様な扱いで、
楽してたんだろうなぁ~、勉強もしなかったし。
保育園で、毎朝、脱脂粉乳の温めたミルクを吐きそうになりながら流し込んでたあの味と記憶だけは、消したくても消えない。

by セス (2008-06-20 06:21) 

hinemosu-bomb

セス、おはよう。
後ろのてっぺん?
一度でいいから、そういうとこに立ってみたかったよ。
そこに立ったら立ったで苦労があるって聞いたけど
記憶に無いってことはセスはそうでもなかったってことか。
小さい頃は暢気なくらいがいいと思うが
腫れ物って、てっぺんだから?性格の問題?人相の問題?
今度、ゆっくり話が聞きたいな。
脱脂粉乳流し込んで口を割らせるってことも考えないではないけど
なるべく手荒な真似はしたくない。
by hinemosu-bomb (2008-06-20 07:12) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。