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ミカエリデスミカエルデス [ずっと、ずっと、前のこと]

Wednesday, 9th December 2020

同居人と初めて会ったのはかつての勤務先である。アルバイト初日に職場で会った悟りを開いたような風変わりなひとに惹かれ、片思いをして、同居人のことは同じ職場の妙なひととして覚えた。風変わりも妙もおかしなひとではないかと言われれば、確かにとしか言えない。当時比べたことはないけれど、今思えば、風変わりさんが格好良く生きることを心がけていたとしたら、妙なひとは思いのまま自由に生きていた。

アルバイト仲間に容姿の美しい女性がいて、その美貌で裕福な男性と結婚する目的で勤務先へ働きに来た。これは揶揄でも何でもなく、マキちゃん本人が私にそう教えてくれた。男性の前でそれを言うことは戦略上しなかったけれど、生きていくには一番賢い方法と固く信じていたので、私にもお金のあるひとと結婚なさいと言い続けた。

マキちゃんはやたらと私の恋に干渉して、日々告白するよう迫り、私には私の思いや事情があって積極的になれず、困った。暫くして風変わりさんが転勤となり、毎日顔を合わせるような環境ではなくなったが、マキちゃんは告白すべきと粘り強い。それで根負けして手紙を出すことにした。風変わりさんには折々に何かしら話を聞いて貰っていたので、近況を短めに書いて何度か送った。マキちゃんは私たちの交際につながるよう期待したけれど、好きだという気持ちには触れておらず、望みは薄い。

手紙を何通か送り、少し間が空いたあと、出張してきた風変わりさんと久しぶりに会った。素敵なひとだなと思って七か月経っていた。以前であれば、キャーと舞い上がっていたのだけど、何の感慨もない。これまで通りヤーとかオーとか挨拶して二言三言交わしたあと、風変わりさんが背の低い私に合わせて屈み込み目を見て「また手紙書いてね」と、至近距離から魅力炸裂で言ってくれたのに、うーんと考え込んでしまう。ああ、熱が冷めたな、これ。と直ぐに気付いた。このことはそのままマキちゃんに言って、もう後押しされても無駄と伝えた。マキちゃんは残念がった。このあと、風変わりさんは「俺、ロックで飯食ってくことにしたから」宣言を残し、カッコよく退社した。

同居人は、まあ好き勝手にやっていて、方角が似ていたので通勤途上で見かけたりすると、歩道を、爆音を、信号を、スピードを、他のクルマをと詳細は省くけれど、交通法規を全く知らないようだった。そして、その後も夏が来るたび上司が上司でいるうちはずっと繰り返されたのだけど、頭髪の無い上司がいて、他のひとは陰でハゲと言っても面と向かって話題にすることはなかったけれど、同居人はキャッキャッ言いながら上司本人に協力させて、日焼けした頭部から丁寧に剥がし半球型に一枚で繋がるヒトの皮膚の採取を試みるなど、説明のつかないことに熱心だった。

その頃、私には心を許せる友達がいた。親友と言ってよかった。仕事が辛くなったとき、彼を笑わせることを目的に出社するくらい打ち解けていて、笑いどころが似ていて、気難しいところも考え過ぎなところも好きで、一緒にいるのが自然で気持ちが安らいだ。ベンチに隣り合い、自分たちだけに解る気のする微妙なわだかまりや何かを、日々話して飽きなかった。そのひとと同居人がまた、気持ちの通じるところがあって、気難しい友達の心を捉え、私でなくてはなかなか出ない筈のクスクス笑いを度々うまく引き出していた。トラちゃん、トラちゃんと他のひとは全く使わぬ、どこから出たか判らない呼び名で気難しい友達を呼んだ。そういう些細なことの積み重ねで、妙なひととして心に残っていた。

風変わりさんに冷めたと報告したあと、マキちゃんから、次は次はと訊かれ続けた。少し気になってはいたけれど、無茶をしていることはマキちゃんも知っていたので、きっと反対されて、告白するよう言われずに済むという思いもあって、同居人の名を上げ、いいかもしれないと言ってみた。すると、意外にも、マキちゃんはいいかもと賛成した。残業もしているし、生活力あるんじゃないなどと言って。

それでまた、告白を迫られる毎日となった。そのうちとか近々とか返事をして暫くそれでやり過ごしたあと、いい加減日程を決めましょうとマキちゃんが本気になり、クリスマスにという約束をした。確か前年の10月にアルバイトで入って、13か月後に社員になってという冬のことで、何にしても初めて会ってから一年以上経って、告白などするものだろうかと考えるのだけど、すると約束したからにはするんだろうなと思った。

しかし、告白とは、どこで何をするものなのか。というか、風変わりさんはとても好きなひとだったけれど、同居人はただ気になるだけのひとで、それをどう伝えるのか、伝えられたひとはどう思うのか、考えても何も解らない。解らないまま、こう、何色だか言い表せない、目を引く色が幾つか混ざり合った毛糸を買い込み、一番簡単なゴム編みでマフラーをつくって渡すことにした。不器用さに辟易しており自分では思いつかぬことで、誰かの助言があったと思う。おかしな色の毛糸は自分で選び、ゴム編み以外出来ないので毛糸を買った時点でマフラーをつくることは決まっていた。

マキちゃんとは24日に決行と約束したけれどその日には渡せなかった。伝える気持ちが曖昧で怖気づいた。もう止めにしたかった。そう言ってもマキちゃんは諦めない。翌25日の退勤時、私の手を引き、駐車場へ連れて行った。同居人のクルマがブロロロローと走り出すのが見えて、間に合わなかった、仕方ない、縁がない、そう思った。そのとき、マキちゃんが同居人のクルマの前に飛び出した。何か聞いたことのない機械の軋む音がして、同居人のクルマが通路を斜めに滑りながら止まった。この短い距離でスピード出し過ぎだとか、マキちゃん無謀過ぎるとか、何の音?とか、クルマが斜めだとか、誰も怪我せずよかったとか、マキちゃんどうしてそこまでとか、一遍にいろいろ思った。同居人は慌てもせずクルマの窓から顔を出して「大丈夫?」と聞いたあと「なあに?」と暢気だった。それで私は、「これ」と言って、マフラーの包みを渡して逃げた。マフラーにはカードを添えていて、曖昧な気持ちをそのままに「突然ですがメリークリスマス」そう書いておいた。

マキちゃんのことは打算的というのが先ずあって、彼女から親友と言われても考え方が違い過ぎると思い、警戒していたというか、信用出来なかったというか、色眼鏡で見ていた。告白させたがるのは、偶に現れる私を好む変わり者がこれ以上出てこないように私を誰かのものにしたいのではとまで思った。そんな私のために走るクルマの前へマキちゃんが飛び出したのは確かで、ぶつからなかったのは奇跡的だったし、そうまでしてくれたのはどういうことだったのだろう。未だにどうしてなのか解らない。そして骨折り損なことに私はカードにメリークリスマスとしか書いていない。

私がそんなものを貰ったとしたら困惑するだけだと思う。それまで殆ど話したことがなく、メリークリスマス、それだけ。どういうことか、解るように書け、書いてくれと心の中で叫んで無視すると思う。だけど、同居人は、そうしなかった。どういう訳か「付き合ってください」と言ってきた。頭がおかしいと思って、どういうつもりだとも思って、私の扱いを心得ているとも思った。私はその場で、でも偉そうに「いいよ」と言った気がする。
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