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オレンジ色の夜、紫色の朝。 [ずっと、ずっと、前のこと]

Monday , 25th October 2010  gremz 自然破壊 森林破壊 大気汚染 オゾン層破壊

学級文庫というのは両手の人差し指で唇を左右へ引っ張り
文庫の「ぶ」を「う」と発音せぬ試練で知られていたりする。
その試練も廃れた今、本体が残っているか知らぬが
私が小学生のときには学校の教室に学級文庫があった。
片隅の書棚に誰でも自由に読める本が置かれていた。

私の知る限りその管理は極めて大雑把
来るものを拒まず、備えられる書物は多種多様であった。
情操教育にと厳選のうえ寄付されたものもあれば
どこを渡り歩いて辿りついたか得体の知れぬものもあった。

幽霊の目撃談ばかりを集めたもの
迷宮入り怪事件だけを集めたもの
古過ぎて時代錯誤なもの
何冊かでひと揃いの百科事典の一冊だけという具合に。

何故、学級文庫の詳細を知っているかと言えば
私にはそこに文字があれば読んでしまう癖があり
その癖で図書室とは異なる品揃えに気付いたからで
気付いたなら得体の知れぬ本に心惹かれるのだった。

幽霊や怪事件の類は直ぐに読んでしまった。
なかなか手が伸びなかったのは百科事典の一冊で
潔癖症気味の私を遠ざけるかのように
手垢まみれで変色しきり、表紙は外れかけていた。

手に取るのを諦めるか迷いながら
あの古びた感じは宝の地図みたいだ
ここで怯んでしまっては冒険に出られぬ
そんな切羽詰まった思いで百科事典を開いた。

幾ら頁を繰ってみても埃臭いばかりで宝の地図は無かった。
地図云々は自身を励ます方便で想定内のことである。
が、百科事典とは調べたいものがあってのものか知れぬ
あちこち飛ばし読みしつつ、そう思い至り、少し慌てた。

素手をドブへの意気込みで不衛生な本を開いてみればこれか。
苦労が報われない。
数冊組みのうちの一冊の百科事典が調べ物に役立つとも思えぬ。
踏んだり蹴ったりと自棄になりながら頁をめくり続ける。

ひとつの挿し絵に目が釘付けられ、手が止まった。
そこには褐色の肌をした裸の女のひとが横向きに描かれていた。
極端に突き出た臀部へ乳児を乗せており
むやみに長い胸を肩越しに伸ばし背中の乳児に吸わせている。

背負い紐を使わず乳児を背負い
自身の胸を哺乳瓶のように自在に扱う。
こんなひとは、はじめて見た。
世界は思うよりずっとずっと広いらしい。

挿し絵は宝の地図に劣らぬ収穫であった。
文字があれば読んでしまう癖は説明文を放っておかず
"日本人は黄色人種である。"と更に別の情報を得る。
こんなことは、はじめて知った。

信号やバナナやイチョウと同じ気がせず
自身の肌を眺めてこれが黄色かと不思議に思う。
ひょっとすると間違いかしらと疑いつつ物知り君に訊ねる。
「日本人って黄色人種なんだって、知ってた?」
「知ってたけど、それ、おうしょくじんしゅって言うんだよ」
黄色が「きいろ」だけでないことを知った。

いっぺんに様々なことを知った
小学校低学年の昼下がりであった。 2011-10-21 16:30 更新

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